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アイリッシュ・ウルフハウンドの急性肺炎の一例(症例報告)

ゼファー動物病院の上条先生が、ウルフハウンドの急性肺炎の症例報告を書いてくださいました。また、飼い主さんも入院までの手記を書いてくださいましたので、あわせて掲載いたします。いつもと変わりない朝の様子から、発熱、ICUへの入院まで、約半日の間の出来事。様々な経過がありえますが、参考にしていただければ幸いです。


入院までの経過(飼い主さんの手記 2010.3.31)

7:45 食餌:いつもと変わりなし。食欲旺盛。
8:00 痰が絡んだ様に喉がゴロゴロいう(30分ほど)。
8:20 たまたま別件でかかりつけの獣医師に電話。マロンの状態を話す。
  *抗生剤(バイトリル2錠)を飲ませ、散歩は簡単に済ませるようにと指示を受ける。
8:40  抗生剤服用 (この時点では、抗生剤を飲ませるのは、過剰反応のように感じていた)

9:00  散歩:とてもご機嫌で元気。小走りするように家を出る。排便、排尿、変わりなし。(この時点ではもっと散歩したいような気持ち。指示に従い仕方なく簡単に済ませる)
9:15  帰宅。熱を測ると40℃(歯茎の色、目の様子は通常の範囲内だと思う)
9:45 先生に連絡、熱の報告。
  *散歩の後だから高いのかもしれないから、落ち着いた頃もう一度測るようにと指示を受ける。
11:00 熱を測る。39.5℃
   この時点での状態:立ったままで寝ない。寝かせると嫌がり起きる。口を開けたまま速く荒い呼吸。2度ほどケッと喉に引っ掛かったものを吐くように唾液(?)を吐く。お腹の張り、なし。 ペッチャンコ
   調子が悪そうなので、午後一番の診察に間に合うように病院へ行くことにする。先生に連絡。
14:10 病院に到着
14:20 診察。熱40.6℃。血液検査、レントゲンの結果、急性肺炎と診断され即入院。ICUに入る。


症例報告
アイリッシュウルフハウンドの急性肺炎の1例


症例:犬種 アイリッシュウルフハウンド 雌 避妊済み 8歳9か月
   体重 51,5 ㎏

稟告:朝から喉に何か絡むような仕草をする。散歩は普通に歩き、食事も普通に採った。

経過および治療:
飼い主様からこの様なお電話をいただいた場合、すぐにご来院いただけない時には、このまま経過観察として、症状の顕在化、悪化等が認められたなら来院いただく事にする事が多いのですが、本犬種の年齢、普段から呼吸器、循環器に何も持病が無いにも関わらず普段と違うという事が妙に引っかかり、念の為以前に他の疾患で処方したバイトリルだけ服用させていただき、午後に再度様子を連絡していただく事としました。

電話での話だけでしたが、胃捻転、肺水腫等の急を要する疾患の兆候は認められず、喉に何か引っかかったか、口腔内の歯牙疾患か、程度の認識しかありませんでした。

その後様子が芳しくないという事で、昼過ぎにご来院いただいた時には、すでに40度の発熱と、呼吸困難、可視粘膜の蒼白、チアノーゼが認められ、胸部のエックス線写真を撮ったところ右側前葉が白っぽく、含気の低下を示す炎症所見が得られ、血液検査にて白血球特にリンパ球の減少が認められ、CRP も3,15 と上昇していたため、急性肺炎と判断し、急遽ICU に入院させ、酸素吸入と抗生剤の投与、抗生剤と去痰剤のネブライジング等を開始しました。

症状の進行具合が急激なため、また、急性肺炎の場合最初から出来うる限りの手を尽くさねば生命にかかわる病気だという認識の下に、抗生剤はバイトリルにモダシンを併用し、酸素吸入と、インターフェロン3MU の注射、加えてゲンタマイシンをネブライザーにて1 日2 回吸引させました。

翌日はさらに症状が悪化し、CRPは14 まで上昇、左側後葉領域まで病変は拡大し、横になって眠る事が出来ない位呼吸状態は悪化しました。白血球は11000 まで上昇し、これも他犬種なら正常範囲なのですが、他のサイトハウンド同様、本症例は過去に白血球が6000 を超えた事がなく、正常値の倍の上昇と判断しました。ただし、白血球の増多は敗血症にはまだ陥っていないという事、また、起炎菌と戦う力が残っている証拠だと信じて出来うる限りの治療を続けました。

第3病日になり、白血球数は13,500、CRP は10 と、相変わらず高値を示し、呼吸回数も平常時が10~15 回/分の大型犬が30~36 回/分とかなり苦しい状態でした。救いだったのは昨日まで生気のなかった目に若干輝きが戻った感じがし、また、口元に食事を持ってゆくと自ら食べてくれたので、あと1 日頑張ってくれれば調子も上向きになりそうな気がしました。ただ、今の呼吸状態で体力的にどこまで持つのか、毎晩が山のような、危うい感じもぬぐえぬまま徹夜の看護を続けました。

第4 病日になり、体温が39,2 度と落ち着きを見せ、横になって眠る事が出来、また排泄のため外に出してもチアノーゼが軽度になった為、ICU の酸素濃度を35%から30%に減量しました。白血球数は6,600 までに下がり、CRP も5,4 と減少傾向となり、胸部のエックス線写真でも左側後葉領域も透過度が増加し、予断は許されないものの、良好な経過を示唆する兆候が確認されました。

以降、第8病日にCRP1,9 となり、ルームエアーにて呼吸困難を呈さなくなったのを確認して退院させ、自宅療養に切り替えました。抗生剤はアジスロマイシンの経口とし、モダシンとバイトリルは休薬としました。

退院後7 日経過した時点の血液検査ではCRP は0,1 までに下がり食欲も呼吸状態も元通りになり、念の為アジスロマイシンをもう7 日間追加投与し、治療を終了としました。

以降現在に至るまで症状の発現はなく、症例は先日、元気に9 歳の誕生日を迎える事が出来ました。

以上が簡単な経過の報告ですが、自分なりに大事なポイントだと思われる点を列記しますので参考になればと思います。

1:文字通り急激な進行が特徴で、午前中の発症兆候から午後の肺炎所見に至るまで数時間しか経過していない。この為、1 日様子を見たり、初期の異常に気付くのが遅ければ命取りになっていた可能性が高い。

2:今回は飼い主さんがよく観察をしていて、わずかな兆候を見落とさなかった事、幸運にも初期の段階に強い抗生剤を投薬した事、酸素吸入、ネブライザー、インターフェロン、抗生剤の2剤併用と、考えうる治療を出来る限り早期から高濃度に始めた事など全てが良い方向に経過し、一命を取り留める事が出来た。

3:退院後も気を抜かずに抗生剤(アジスロマイシン)を2 週間投薬した事が現在再発もなく元気に過ごせている要因の一つだと個人的には思っている。

4:老齢な大型犬を長期に寝たきりで入院させると確実に四肢が弱り、回復後も起立や歩行に困難が生じる可能性が高いので、本症例は入院中もできる限り四肢の屈伸やマッサージを行い、早期に歩行が開始できるように配慮した。また、入院中、何回も体の向きを変えて片肺が虚脱してつぶれないように配慮した事などが速やかな回復や、退院後の早期の四肢の機能の回復に役だったと思われる。


以上

ゼファー動物病院院長 上條圭司